2008年11月21日金曜日

決心

どうしても心に引っかかるものがあって、福祉協議会にふらっとでかけた。介護支援センターになっている。在宅介護についていろいろ聞いてみた。東京と違って、デイケアセンターが毎日利用できる。そのほかにも在宅支援が充実しているように思われた。ケアセンターも見学させていただいたら、とてもアットホーム。うちから歩いていける距離。

たまたま、窓口で話を聞いてくれたケアマネージャーさんは、かつて(十数年前)私の主催する遊ぼう会という子育てサークルに時々来ていた人だった。暖かく、私の気持ちを汲んでくれて、とにかく在宅介護にしてみて、どうしてもだめだったらもう一度施設を探せばいい、協力しますといってくださった。

それで、決心した。母をうちで見ることにしよう。入り口と一階の一部を車椅子用に直さなければならない。それから母を連れてこよう。そう決めて父に連絡したらとても喜んでくれた。夫も、そうなるだろうと思っていたと言ってくれた。私自身もほっとした。心がすごく軽くなった。

心軽やかに、母のところに出かけた。毎日昔話を語っているのだが、今日は私と母の思い出話を脚色して語った。へえ~と感心してとても反応良く聞いてくれた。覚えてなんかいないけれど、笑い話だし、最後に一緒に笑ってくれたので、心から幸せな気持ちで家路につくことができた。

語りや歌は聞き手の言葉を引き出す。母を見ていて本当にすごいと思う。恐ろしいほどにどんどん言葉が失われているのだが、語ると、口を動かして言葉を発しようとしてくれるのだ。語りかけることの大切さを毎日ずっしりと感じている。

2008年11月19日水曜日

迷い

気持ちは落ち着いたのだけれど、やっぱり母を施設に預けることに、どうしても納得しきれないものがある。でも、今どうすることもできなくて・・・。障害があっても認知症でも、何とかできる家庭的な施設はないのだろうか、と思ってしまうのだ。実際あることはあるのだ。

もう少し、あきらめないで探すべきなのかもしれない。いや、やっぱり自宅介護ができるように頑張るか。
まだまだ迷っている。

すぐそばで命の塊みたいな小さな奴が走り回っている。母がこちらに来るとほぼ同時に、どういうわけか子猫を預かり、そのままうちの猫になった。昨年死んだシーザーにそっくり。シーザー2世で、しいちゃんと名づけた。びっくりするほど元気で家の中を走りに走り回っている。他の猫たちが目を丸くして見つめ、ちょっかいを出されてたじたじ・・・。全く恐れを知らぬすごい奴。静かになったと思えば、クークー寝ている。

本当にいろいろな出会いがある。
そしてそれが私を刺激する。
で、迷い・・・・・だ。

2008年11月18日火曜日

ようやく落ち着いた

理屈ではわかっていても感情がどうしてもついていかなくて、今の母の現状を受け入れて、自分がどうするのか、どうしたいのか、やっと気持ちが落ち着いた。母が大腿骨を折って入院してからほぼ2ヶ月。退院してこちらの老人施設に入ってからほぼ1ヶ月になろうとしている。

気持ちを落ち着けるのに、2ヶ月もかかったことになる。

1ヶ月以上日記のようなものを書くという気持ちになれなかった。書いていたのは、毎日の面会での母の様子ばかり。とにかく母の様子に一喜一憂、大変疲れる日々だったが、ようやくそれにも慣れて、毎日の日課になり始めた。一日一回、ほぼ1時間、必ず出かけて、語り合い、歌を歌い、手遊びをし、時間によってはご飯を食べ、時には外に散歩に出かけ、私にできること、いや、私にしかできないことをしてくる。そうして、東京にいる父に母の様子を電話する。これがほぼ毎日の日課になった。

施設でプロにお任せするべきところはお任せするが、納得いかないことも、気になることもたくさんある。でも、文句も愚痴もグチグチ言ってはいられない。我慢すべきことは我慢する。それでも、お任せしっぱなしはどうしてもいやだった。だから、自分のできることを精一杯しようと思う。

毎日涙を流して歯を食いしばっていたのだろうか?涙なんてもう何年も前に散々流していたのに、ここに来てまた毎日涙腺が緩んでどうしようもなくなっていた。
歯医者さんに行ったら、歯を食いしばることによる弊害が口の中に出ていてびっくりした。
そんなこともあり、静かに現状を受け入れ、穏やかにできることをしていこうと改めて思ったのだった。

こちらを訪れて下さる方には御心配をおかけしました。
また、つぶやき、続けます。
改めてどうぞよろしくお願いいたします。