このブログ、再開したものの、あっという間に2ヶ月がすぎてしまった。
その間に本当にいろいろなことがあって、娘が帰ってきてくれた。このままでは母(私)が死んでしまうと危機感を覚えたそうな。全く私はむちゃくちゃなのかもしれない。自分の体がどんなにぼろぼろかを自覚していない。気合で何とかなると頑張っている。確かに・・・・・。
娘が手伝ってくれて、身も心もどんなに楽になったことか!!!!!!!
長期戦になりそうなのだから、無理してはいけないのだ。
誰かが言っていた。
「一人で介護をするなんて、難破船に乗るようなもの。」
難破船に乗っていた私。
ニコニコ笑いながら自殺してしまった介護疲れの人の気持ちが実感としてわかる。
自分では無理をしていることがわからない。
娘が救いの手を差し伸べてくれた。ありがたい。
家がにぎやかで、明るくなった。
大丈夫。頑張れる。そして、新たな展開。
地震はすごかった。二階が落ちてくるかと思った。
さすがに落ちなかったが、壁や棚からいろいろなものが降ってきた。
全ての家具が少しずつずれて、隙間が開いてしまった。
この家に住んで、ここまでの地震は初めてだった。
これ以上の揺れが来たら、助かるのは運だという気がした。
どんなに気をつけていても崩れるときは崩れる。
逃げようがない。
やっと夏。それは地震とともにやってきた。
でも、物は壊れたが、誰一人怪我ひとつなかった。よかった。
2009年6月5日金曜日
ネイチャーゲーム
あっという間に6月。
毎日その日の日程をこなしてバタン・キュー。
それでも時々、ゆったりとコーヒーを飲む時間を作ることができる。
そんな時、思いはあちらこちらへ。
この一年で末っ子も家を離れる。
ずっと一緒に遊んできた子だ。
思い出が山のようにある。
もっと年を取ったらそれを懐かしく思い出しながら幸せな時間を過ごすことができるのだろうな、と、思った。
次の瞬間、認知症になるとそれが全部消えてしまうのだ、と、思い至った。
母には、思い出そうにも思い出がみな消えてしまっているのだ。
年を取ったら、それこそたくさんの思い出が自分を支えるものになるはずなのに。
なんと残酷な病気だろう。不安にさいなまれるのも無理はない。
今日は、修善寺東小学校の自然体験教室で、ネイチャーゲームを楽しんできた。たった1時間半だったけれど、とても濃い時間で、みんながあまりにも楽しそうで、幸せだった。
毎年この時期は学校のキャンプでネイチャーゲームを依頼される。
楽しくて本当にありがたい。ネイチャーゲームは本当にすばらしい。
幸せな気持ちで家に戻り、母のエンドレスの「ももたろさん」の歌もなんのその。
毎日その日の日程をこなしてバタン・キュー。
それでも時々、ゆったりとコーヒーを飲む時間を作ることができる。
そんな時、思いはあちらこちらへ。
この一年で末っ子も家を離れる。
ずっと一緒に遊んできた子だ。
思い出が山のようにある。
もっと年を取ったらそれを懐かしく思い出しながら幸せな時間を過ごすことができるのだろうな、と、思った。
次の瞬間、認知症になるとそれが全部消えてしまうのだ、と、思い至った。
母には、思い出そうにも思い出がみな消えてしまっているのだ。
年を取ったら、それこそたくさんの思い出が自分を支えるものになるはずなのに。
なんと残酷な病気だろう。不安にさいなまれるのも無理はない。
今日は、修善寺東小学校の自然体験教室で、ネイチャーゲームを楽しんできた。たった1時間半だったけれど、とても濃い時間で、みんながあまりにも楽しそうで、幸せだった。
毎年この時期は学校のキャンプでネイチャーゲームを依頼される。
楽しくて本当にありがたい。ネイチャーゲームは本当にすばらしい。
幸せな気持ちで家に戻り、母のエンドレスの「ももたろさん」の歌もなんのその。
2009年5月9日土曜日
日常
母と暮らしても、できるだけ今までと変わらない日常でありたいと思い、
これまでの活動をできる限り続けている。
今日は、ぬくもりの里。母と同じような症状の方たち8人ほどに語りを届けている。
語りは聞いてくださる方から言葉を引き出すことができる。
昔話とそれにまつわるトークで、様々な反応をいただく。眠ってしまってピンボケなことをいう方もいるのだが、昔はこうだったというような話になることもあって、教えていただくことも多く、一方的な語りの場にならないところが楽しい。こちらは、かなりテンションをあげて語るので、気合が必要。握手をして触れ合うところからスタート。最後も握手で締めくくる。わたしの手はとてもあったかいので、皆さんとても喜んでくださる。認知症のお年寄りの手はとても冷たい。
語りは本当に言葉を引き出す。
施設にいるとき、母はほとんど言葉を失いかけていたのだが、
毎日通いこんで語ることで、言葉を取り戻した。
今では、(間違いなく病気は進行しているけれど)本当によくおしゃべりをする。
だから今は語るよりおしゃべりの相手をしてあげればいいのだ。
毎日、日々が吹っ飛んでいくようだ。
これまでの活動をできる限り続けている。
今日は、ぬくもりの里。母と同じような症状の方たち8人ほどに語りを届けている。
語りは聞いてくださる方から言葉を引き出すことができる。
昔話とそれにまつわるトークで、様々な反応をいただく。眠ってしまってピンボケなことをいう方もいるのだが、昔はこうだったというような話になることもあって、教えていただくことも多く、一方的な語りの場にならないところが楽しい。こちらは、かなりテンションをあげて語るので、気合が必要。握手をして触れ合うところからスタート。最後も握手で締めくくる。わたしの手はとてもあったかいので、皆さんとても喜んでくださる。認知症のお年寄りの手はとても冷たい。
語りは本当に言葉を引き出す。
施設にいるとき、母はほとんど言葉を失いかけていたのだが、
毎日通いこんで語ることで、言葉を取り戻した。
今では、(間違いなく病気は進行しているけれど)本当によくおしゃべりをする。
だから今は語るよりおしゃべりの相手をしてあげればいいのだ。
毎日、日々が吹っ飛んでいくようだ。
2009年4月17日金曜日
再開
お断りひとつなく、4ヶ月も休んでしまった。
再開・・・・・?です。
家を直している間に、自分がムチウチ症であることが判明。苦しくてパソコンに向えない。こんな体で母を見ることができるのか?真っ青になってしまったけれど、「なんとかなるさ!」の性格で何とかやってきた自分を信じるしかない。
で、本当に2月に母を連れてきて、暮らしている。2ヵ月半。時々、地獄のようだと思ったりする。でも、歩くことはできないけれど、入院前の母の状態に戻った。治らない病気だけれど、進行するばかりだけれど、ささやかな希望と目標をもって、暮らしている。
きれいごとのようだけれど、介護は愛。いや、生きていくことの根本は「愛」。それしかない。それだからこそ生きることができるのだと思う。重い実感。
泣き言なんか言っていられない。無我夢中。ひとつクリアすると次の課題。でも、クリアできるのだ。これはすごいことだ。だからやっていられるのかもしれない。
今日は、丸平さんでの「波紋音語りライブ」。波紋音が語りの中に自然に入るようになってきた。ささやかでいい。こつこつつなげていこう。
地域FM(FM三島函南 毎週木曜日13:07ごろから)で、「伊豆八十八箇所巡礼の旅」が始まった。5~6分の語りだが、今年はこの番組のための取材、資料探し、読み込み、物語の再話、そして収録・・・などなどで追いかけっこの日々になるだろう。苦しいけれど、楽しみ。
「つぶやき」・・・・毎日の書き込みというわけにはいかないけれど、ぼちぼちつなげます。よろしかったらおつきあいください。
再開・・・・・?です。
家を直している間に、自分がムチウチ症であることが判明。苦しくてパソコンに向えない。こんな体で母を見ることができるのか?真っ青になってしまったけれど、「なんとかなるさ!」の性格で何とかやってきた自分を信じるしかない。
で、本当に2月に母を連れてきて、暮らしている。2ヵ月半。時々、地獄のようだと思ったりする。でも、歩くことはできないけれど、入院前の母の状態に戻った。治らない病気だけれど、進行するばかりだけれど、ささやかな希望と目標をもって、暮らしている。
きれいごとのようだけれど、介護は愛。いや、生きていくことの根本は「愛」。それしかない。それだからこそ生きることができるのだと思う。重い実感。
泣き言なんか言っていられない。無我夢中。ひとつクリアすると次の課題。でも、クリアできるのだ。これはすごいことだ。だからやっていられるのかもしれない。
今日は、丸平さんでの「波紋音語りライブ」。波紋音が語りの中に自然に入るようになってきた。ささやかでいい。こつこつつなげていこう。
地域FM(FM三島函南 毎週木曜日13:07ごろから)で、「伊豆八十八箇所巡礼の旅」が始まった。5~6分の語りだが、今年はこの番組のための取材、資料探し、読み込み、物語の再話、そして収録・・・などなどで追いかけっこの日々になるだろう。苦しいけれど、楽しみ。
「つぶやき」・・・・毎日の書き込みというわけにはいかないけれど、ぼちぼちつなげます。よろしかったらおつきあいください。
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