2008年4月25日金曜日

お話の玉手箱と・・・・・

湯ヶ島小学校の朝、「お話の玉手箱」が始まった。6年生からスタート。この6年生はみなとてもお話を楽しんでくれるので、どんな反応が返ってくるかと、こちらのほうがワクワクしてしまう。
そこで、少し長くても大丈夫だろうから、、「時間オーバーしてもいいですか?」と先生にお聞きしたらいいと言ってくださったので、先日のライブでも語った「おこんじょうるり」を語った。今回は座ったまま。
先生も一緒になって(いつもはこどもだけなのだが)本当に楽しんでくれた。聞き手の感情を見事に揺さぶるおはなしで、さすがさねとうさん、こどもたちの感情の変化が顔にはっきり現れるのを見ながら、こんなにもお話にどっぷり浸かれる事の幸せを思った。

今年一年間、楽しみ、楽しみ。

 さて、洗面所で、セーターを洗っていたら、足元がいつの間にか水浸しに・・・・・!!
びっくりして水を止め、下の戸をあけてみたら、下水の管がはずれている?!それからびしょびしょの水をふき取って・・・・・・・。だいぶ前からはずれていたみたいで、ぐしょぐしょになってしまっている。
セーターを洗う気になってよかった。でなければいつまで気づかなかったことか・・・・!?
こんなとき本当に魔法使いだったらどんなにいいだろうと思ってしまう。

2008年4月21日月曜日

語り組カリャック・ヒャリャック

語り組カリャック・ヒャリャックの三島おにぎりカフェ丸平ライブ第2回の公演が終了した。今回は少人数のこじんまりとしたライブになったが、舞台を横に使ったせいか、実にいい雰囲気となり、笑いあり涙あり、情感を豊かに揺さぶるバラエティーに富んだ内容の聞き手、語り手ともに満足のいくライブだったのではないかと思う。

春らしい話といって、それぞれ四人が持ってきた物語はすべて、どういうわけか死と再生の物語だった。気持ちが呼応していたのだろうか。私は、当初語るつもりだった首の物語を、長すぎるのでやめにして、「おこんじょうるり」を語った。大切な存在だった猫と犬、ちいさな命を二つこの春に亡くしたばかりだったせいか、ばばさまとおこんの物語が語りたくなってしまったのだ。語りながら、聞き手の声援を受けて語っているようなそんな気持ちになってきた。ともに笑い泣き、共感していただき本当にありがたかった。    改めて、聴いてくださった皆様ありがとうございます。

そして、首の物語は、次回9月28日、四人で語ることに決まった。もうすでにその話でワクワク、作るほうも楽しみ。予告をしてしまったので、次回また口コミでいらしていただけそうな様子、ありがたい。
語り組カリャック・ヒャリャック  切磋琢磨して、確実にいい語りをしていこう。よき仲間と語る楽しさもまた、格別である。

今日は一日、天城を案内して過ごした。季節が最高にいい。天気にも恵まれた。新緑前の変幻自在の緑の山々にしゃくなげガーデンはちょうど満開。語り仲間に、天城の自然の美しさを存分に堪能してもらって、私も満足。

2008年4月19日土曜日

お葬式

すぐそばの家のご主人がなくなった。まだ、若い。でも、変に暗くない。「組」という地域のまとまりの中で、お葬式が行われた。昔ながらの、地域の手作りのお葬式。最近は田舎でもメモリアルホールという葬儀場で全てを済ますことが多くなったが、ここでは、「組」の大人が総出で関わる。女性はほとんど食事作りで2日間。手際よく次々に料理が作られていく。参列した方が、おいしいと言ってくださる。

私はよそ者なので、関わりも薄く、わからないことだらけだが、それでも16年も住んでいると、何度もお手伝いをすることになる。最初のうちは驚くことばかりで、うっとおしく思ったりもしたが、これが地域のぬくもりであり、昔から支えあって暮らした村というものなのだと改めて思う。私は今、そういうところに暮らしている。

このようなお葬式のたびに、『ごんぎつね』を思い出す。お葬式の行列は、物語の世界そのまんまである。いや、昔の暮らしがまだ、そのまま残っているということなのだ。それでも私は、「ご苦労様でした」と言いあって家に戻ると、物語の世界から現実に戻ったような感覚に陥る。

私の中で、幼いころの思い出も含めて、昔のことはみな物語の世界のことになってしまっているのだろうか?

2008年4月16日水曜日

20日 語り組カリャックヒャリャック 公演です!!

少しいろいろなことをやりすぎかな、と、ふと思う。もう少しひとつのことをじっくりやるタイプだったはずなのではないか・・・?と、自問する。あれもこれも、そして前へ前へ。本当にこれでいいのかどうか・・・・・。
忙しすぎて本当に大切なことを、手抜きすることになっているのではないか?回りに迷惑をかけているのではないか?問いかけてみる。

まだ、もう少しこのままやれる気がする。前へ前へ・・・・。
でも、昨日はなんだかひどく疲れて、お風呂から出て、布団に入りかけのまま眠ってしまい、明け方近く寒くて目が覚めた。こんなことは珍しいのだが、ちょっとびっくりした。もう少しまともに睡眠時間を取らなくては。

語り組カリャック・ヒャリャックの公演がまもなくだ。昨日は4人で合わせてみた。みんな良くできている。刺激された。私も頑張らなくては。私のプログラムは変更。「おこんじょうるり」を演出しなおした。語る首の話は、とてもおもしろくて、短くするのがもったいなくなってしまったので、次回4人でやることになった。これもお楽しみに!

皆様どうぞ聴きにいらしてください。気合入ってます。
いい語りをお聞かせします。
20日14:00開演 三島おにぎりカフェ丸平の蔵です

2008年4月12日土曜日

わんぱく広場のたんぽぽ

                    

                           和たんぽぽ


午前中雨が降っていた。10:00からプレーパーク開催の予定だったが、雨がやむのを待った。
昼少し前にやんだのですぐに出かけた。すると、わんぱく広場は、みごとに先日からの雨と風で舞い落ちたメタセコイアの枝と実だらけだった。

一時間ほどかけてほとんど全てを拾った。こども達が来る前に、と思って拾った。  こども達がまだ小さいうちなら一緒に拾ってくれるのに・・・と思いながら。 何せ今、土曜日せっせと来るのは高校生なのだから。
広場は、こどもがいないと、ウグイスの鳴き声が響き、本当に気持ちのよい鳥の楽園になっている。そして、もともとここは和タンポポが咲き誇る広場だったので、まだ、名残の和タンポポがちゃんと咲いてくれる。和タンポポは西洋タンポポに比べて、可憐ではかない感じがする。そしてそのとおり、繁殖力が弱い。だからどこでもどんどん西洋タンポポに駆逐されてしまう。広場の和タンポポもだいぶ少なくなってしまった。貴重な貴重なタンポポなのである。


                   がくが反り返っていないのが、和タンポポ

                  がくが反り返っている西洋タンポポ

こうしてみると、西洋タンポポのボリュームと、和タンポポのすっきりした姿の違いがはっきりとよくわかる。広場には、かつては西洋タンポポはひとつも咲いていなかったのだが、こんなふうに咲き始めている。場所を咲き分けて、共存してくれるといいのだが。

協力という支え

10日は助成金の書類を書いて締め切り3分前に郵便局へ。
なんというお馬鹿なことをやっているのだろうと、自嘲してしまう。
夜中に、三島まで、雨の中、車を、とばす・・・・・。
何で私はこんなことをやっているのだろう・・・と思いながら。
「セーフ!! 」となると、なにやら達成感が・・・・・?!

こんなことが一度や二度ではないのだから、「いい加減ににしろよ!」と、自分で自分につっこんでみた。でも、出さなければ助成はなし。出せば可能性はあるのだから、時間がなくて大変でも、書いておこう、と思った次第。

それで、ろくに寝ていなかったが、翌朝、日曜日の「森のプレーパーク」で使う、ツリーハウスの材料をいただきに出かけた。ありがたいことに鈴木工務店さんから大量の角材、板材をいただくことができた。
トラックにたっぷりつめて、お礼を言ったら、「また足りなかったらいつでも取りにきてください。」
なんとありがたいことだろう。工務店の協力会の会長さんまでがいらしてくださり、「災害用にストックしてあるものも使ってくださって結構です。」と、おっしゃる。新品の商品!?
トラックで運んでくれるのは、やっぱり最近お仕事をご一緒した方。

強力な協力者を得て、天城こどもネットワークの活動は少しづつ豊かになり、広がりはじめている。
素直に嬉しい。山あり谷あり、だったけれど、これからもそうかもしれないけれど、大丈夫。
協力してくれる人が増えてきている。これは本当に心強い。もっともっと、頑張っていこう。

2008年4月9日水曜日

語り手としての新しい仕事二つ

伊豆八十八ヵ所の霊場めぐりを始めていたのだが、本格的にスポンサーがついて八十八ヵ所めぐりの放送が決まりそうである。でも、これが結構大変な仕事になりそうだ。語り手としてはどんな依頼にも応え得る力をつけなくてはならないと鍛錬しているつもりだが、時間も労力も並ではない仕事になりそうだ。放送だから、生の声と表情などで伝える語りとはまた別の仕事になるが、声のみで伝える世界。これはまた力になるはずだ。

今年の春で、有線放送の終了に伴い、ボランティアで16年続いたお話の時間が終了した。およそ8分から10分の物語を自由に語るものだったから、気楽に続けてこられた。それでも、16年も続けてこれたのは、ほんとにたくさんのお話と私が出会ってきたからなのだ。放送の仕事がなくなったのは少しばかり淋しい気がして、地域FMの方に話をしたら、スポンサーがつけばおはなしの番組が作れるという。

まずは単に昔話などの物語では簡単にスポンサーが探せない。そこで、地域の何か・・・・と話し合った結果、八十八ヵ所めぐり。いくつかめぐっておはなしを生み出し、それを録音し、スポンサー探しをしてもらった。で、OKが出た。ただし、全てのお寺の紹介を入れるという条件付。その原稿を全部私が作り、語るのである。

やるからにはいい仕事にしたい。自分で納得のいくものにしたい。聞いてくださる方が本当に楽しめるものにしたい。ストーリーテラーは、ストーリークリエーター。本当に語り手としての力量が問われる仕事になる。時間も決まっているのだから、なんとしても一話を時間内に納めなければならない。

八十八ヶ所の霊場めぐりは、取材の旅になる。でも、納経帳は持っていこう。心をこめてお参りすることに変わりはない。聞いてくださる方の心に届くものを作ろう。

もうひとつ、新しい仕事の依頼が来た。これも私が働きかけていたものだが、本格的に、認知症の方へのケアとしての語りを、少人数で同じ人たちに月に2回。これまでのようなパフォーマンスとしての語りではなく、研究として試みることになったのだ。これは何らかの結果が出なければやめることになるだろう。介護の勉強もしていかなくてはならない。母のことがあるので、これまで学んだことを生かそうと思う。

真剣勝負。またまた、忙しくなる。

2008年4月8日火曜日

春の大嵐

久しぶりの大雨に大風。夜中に何度も雷は落ちるわで、大変な嵐の夜となった。
数分の間で復活したが、停電にもなった。猫がう~う~うなって、腰が低くなってしまい、しまいには押し入れの奥に隠れてしまった。雷が怖かったらしい。

本当なら、今日は来週の森のプレーパークのツリーハウス用の木材をいただくために、トラックに乗って作業に出かけるはずだったのだが、この嵐では・・・・ということで延期。いろいろな方の協力で開催できるのがとても嬉しい。感謝!!

2008年4月7日月曜日

入学式

今日は湯ヶ島小学校の入学式。
わが子はとっくに卒業してしまったけれど、毎年、卒業式と入学式のどちらにも参列できることがとてもうれしい。もともとは式と名のつくものが嫌いで、できるだけ避けられるものは避けてきた。それなのにこの変わりようは・・・・・!?

一年間、ずっと、朝の「お話の玉手箱」に通い、全てのクラスにおはなしを届けている。それぞれのクラス、こども達、たった15分の触れ合いだが、いろんなものが見えてくる。
そうやって六年間、こども達の成長を見守ることができる。入学式は、その新しいこども達との出会いの場。卒業式は、成長したこども達を見送る場。そんなふうに思えるようになったので、どちらも、とても楽しみに参列している。小さな町で、こどもがどんどん少なくなっている。今年は16人。地域のこども達だから、知っている子も多い。でも、最近は、プレーパークの宣伝もあまりしていなくて、この子達の遊ぶ姿を見ることがほとんどない。少しは宣伝しなくっちゃ!

入学式はなんと言っても新入生がかわいい。でも、最近の子どもたちの様子は昔と違ってあまり緊張していないように見える。親に手を振ったり、ニコニコ顔の子も多い。緊張顔のこどもは本当に少ない。そのせいがこちらも思わず微笑んだり笑ったりしてしまう。

何年前の卒業式で、緊張のあまり、右手足、左手足を一緒に動かしてギクシャクと登場した子(もちろん、普段一緒に遊んだこども)のことを思い出し、ずいぶん違うな~と感慨深かった。

さあ、今年も新たな気持ちで、一年間、おはなしを届け、遊びの場を作り、ここのこども達を見守っていこう。

2008年4月6日日曜日

天城プレーパーク

天城こどもネットワークの原点である天城プレーパークで、新年度の始まり。
今年の始まりは、にぎやかで、新しい展開を予想させるものだった。
にじの子タウンのこども実行委員会のまとめの会だったので、函南の小中学生も集まっていた。

天城の高校生が、函南の小中学生と実に仲良く楽しそうに遊びまわっていた。この勢いでこどもキャンプへ繋げられるかも知れない。するとまた、キャンプがおもしろい展開になるにちがいない。

こどもたちが走り回って遊び、大人がまったりと火を囲んでそれを眺めながら話し込んでいる。

やっぱりプレーパークはいい。
ここ原点での活動は大事にしなくてはならない、と改めて思った。
みんな煙くさくなって、それも今の時代ではとても貴重な体験だ。

まだまだプレパ服(煙にいぶされ、ところどころ火で小さな穴のあいた服)は、捨てられない。

2008年4月4日金曜日

何かが終わった・・・そして

石井桃子さんが亡くなった。101歳。はぁ~。

本当にひとつの時代(?・・・何か)が終わったと、感慨深い気持ちになる。

児童文学の最高峰。憧れと尊敬の気持ちで常に高いところにいた方である。同じように尊敬する渡辺茂男さんももう亡くなってしまった。こども達にはとてもとても優しかったけれど、こどもの本に関わる大人に対しては、いつもとても厳しいことをおっしゃっていた方々である。

私は、子どもの本と、こどもに関わる大人として、彼らの本を読み、講演を聞いては気を引き締めてきた。わが文庫の質の高さを決して落とすまいと気をつけてきた。われながら、とても頑張ってたな~と、思う。


わんぱく文庫を、家庭文庫としては終了することに決めた。
少し迷いがあったのだが、もう募集はしない。
子どもが来なくなったらおしまいにしようと思ってきた。
昨年度、数人しか来なくなっていたのだ。ここ数年募集もしなかったから。
たぶん今年度は、もう来ない。

しばらくは、出前事業にしようと思っている。
必要とされるところに、本を持って出かける。

それからまた、2年後、我が家の息子が東京に出たら考えよう。

昨日から、家の中は引っ越してきたばかりのような状態になっている。
こども部屋の引越しの後片付けと、模様替え、そして本の整理。
あまりにも本だらけで、どう手をつけたらよいのか、ため息ばかり。
としかく私の古い本をまず片付けて、売り払うか捨ててしまうかだ。
たぶん今月いっぱいくらいかかるのだろうと思う。

すっきりと、あまり物を持たないで暮らしたいと思い始めている。
頑張ってみよう。捨てることを!!
そこからまた、何かが始まるのだろう。

2008年4月3日木曜日

気持ち 新たに

桜の季節は、いつも気持ちが落ち着かない。
はらはらと散る花びらが気になって仕方ない。
いつだって美しい、あのはかなさが。

この春は、少しばかりもの悲しい。柔らかな大切な存在が、いなくなってしまったので。
でも、大丈夫。気持ち新たに 前に進もうと思っている。

「つぶやき」は、お引越し。
メールやブログというものの怖さを痛感することが何度かあって
何故続けているのかな、と 疑問に思ったりもするのだけれど、
もともと書くことが大好きだったこともあり、もう少し続けてみようかな、と。

ホームページの日記も、なんだか新しくしてみたくなり、ここにお引越し。
気持ち新たに

語り手として、NPO代表として、夢を語り、現実を語り、
そして猫と息子と暮らす一人の人間として、日々のあれこれを
もう少しつぶやいてみようかと思っている。

あらためて、よろしかったらお付き合いください。

あ、「語り手 田所雅子」の宣伝もしていきます。
どうぞよろしくお願いいたします。