2009年8月14日金曜日

やっと夏

このブログ、再開したものの、あっという間に2ヶ月がすぎてしまった。

その間に本当にいろいろなことがあって、娘が帰ってきてくれた。このままでは母(私)が死んでしまうと危機感を覚えたそうな。全く私はむちゃくちゃなのかもしれない。自分の体がどんなにぼろぼろかを自覚していない。気合で何とかなると頑張っている。確かに・・・・・。
娘が手伝ってくれて、身も心もどんなに楽になったことか!!!!!!!

長期戦になりそうなのだから、無理してはいけないのだ。
誰かが言っていた。
「一人で介護をするなんて、難破船に乗るようなもの。」

難破船に乗っていた私。
ニコニコ笑いながら自殺してしまった介護疲れの人の気持ちが実感としてわかる。
自分では無理をしていることがわからない。
娘が救いの手を差し伸べてくれた。ありがたい。

家がにぎやかで、明るくなった。
大丈夫。頑張れる。そして、新たな展開。


地震はすごかった。二階が落ちてくるかと思った。
さすがに落ちなかったが、壁や棚からいろいろなものが降ってきた。
全ての家具が少しずつずれて、隙間が開いてしまった。
この家に住んで、ここまでの地震は初めてだった。

これ以上の揺れが来たら、助かるのは運だという気がした。
どんなに気をつけていても崩れるときは崩れる。
逃げようがない。

やっと夏。それは地震とともにやってきた。
でも、物は壊れたが、誰一人怪我ひとつなかった。よかった。

2009年6月5日金曜日

ネイチャーゲーム

あっという間に6月。

毎日その日の日程をこなしてバタン・キュー。

それでも時々、ゆったりとコーヒーを飲む時間を作ることができる。
そんな時、思いはあちらこちらへ。

この一年で末っ子も家を離れる。
ずっと一緒に遊んできた子だ。
思い出が山のようにある。
もっと年を取ったらそれを懐かしく思い出しながら幸せな時間を過ごすことができるのだろうな、と、思った。
次の瞬間、認知症になるとそれが全部消えてしまうのだ、と、思い至った。
母には、思い出そうにも思い出がみな消えてしまっているのだ。
年を取ったら、それこそたくさんの思い出が自分を支えるものになるはずなのに。
なんと残酷な病気だろう。不安にさいなまれるのも無理はない。

今日は、修善寺東小学校の自然体験教室で、ネイチャーゲームを楽しんできた。たった1時間半だったけれど、とても濃い時間で、みんながあまりにも楽しそうで、幸せだった。
毎年この時期は学校のキャンプでネイチャーゲームを依頼される。
楽しくて本当にありがたい。ネイチャーゲームは本当にすばらしい。
幸せな気持ちで家に戻り、母のエンドレスの「ももたろさん」の歌もなんのその。

2009年5月9日土曜日

日常

母と暮らしても、できるだけ今までと変わらない日常でありたいと思い、
これまでの活動をできる限り続けている。

今日は、ぬくもりの里。母と同じような症状の方たち8人ほどに語りを届けている。
語りは聞いてくださる方から言葉を引き出すことができる。
昔話とそれにまつわるトークで、様々な反応をいただく。眠ってしまってピンボケなことをいう方もいるのだが、昔はこうだったというような話になることもあって、教えていただくことも多く、一方的な語りの場にならないところが楽しい。こちらは、かなりテンションをあげて語るので、気合が必要。握手をして触れ合うところからスタート。最後も握手で締めくくる。わたしの手はとてもあったかいので、皆さんとても喜んでくださる。認知症のお年寄りの手はとても冷たい。

語りは本当に言葉を引き出す。
施設にいるとき、母はほとんど言葉を失いかけていたのだが、
毎日通いこんで語ることで、言葉を取り戻した。
今では、(間違いなく病気は進行しているけれど)本当によくおしゃべりをする。
だから今は語るよりおしゃべりの相手をしてあげればいいのだ。

毎日、日々が吹っ飛んでいくようだ。

2009年4月17日金曜日

再開

お断りひとつなく、4ヶ月も休んでしまった。
再開・・・・・?です。

家を直している間に、自分がムチウチ症であることが判明。苦しくてパソコンに向えない。こんな体で母を見ることができるのか?真っ青になってしまったけれど、「なんとかなるさ!」の性格で何とかやってきた自分を信じるしかない。

で、本当に2月に母を連れてきて、暮らしている。2ヵ月半。時々、地獄のようだと思ったりする。でも、歩くことはできないけれど、入院前の母の状態に戻った。治らない病気だけれど、進行するばかりだけれど、ささやかな希望と目標をもって、暮らしている。

きれいごとのようだけれど、介護は愛。いや、生きていくことの根本は「愛」。それしかない。それだからこそ生きることができるのだと思う。重い実感。

泣き言なんか言っていられない。無我夢中。ひとつクリアすると次の課題。でも、クリアできるのだ。これはすごいことだ。だからやっていられるのかもしれない。


 今日は、丸平さんでの「波紋音語りライブ」。波紋音が語りの中に自然に入るようになってきた。ささやかでいい。こつこつつなげていこう。

地域FM(FM三島函南 毎週木曜日13:07ごろから)で、「伊豆八十八箇所巡礼の旅」が始まった。5~6分の語りだが、今年はこの番組のための取材、資料探し、読み込み、物語の再話、そして収録・・・などなどで追いかけっこの日々になるだろう。苦しいけれど、楽しみ。

「つぶやき」・・・・毎日の書き込みというわけにはいかないけれど、ぼちぼちつなげます。よろしかったらおつきあいください。

2008年12月17日水曜日

ミニ語りライブ

家は工事中。結構本格的な工事になっていまい、避難所あるいはキャンプ暮らしみたいになっている。猫たちが工事現場に入り込まないようにするのも結構大変で疲れる。でも日程が決まっているので、希望を持って我慢我慢。

こんなガチャガチャな日々の中、先日は岐阜でのNPO研修会に講師として参加してきた。新しい出会い、今、自分がやろうとしていることのヒントをたくさんもらい、背中を押してもらった。そして、私たち天城こどもネットワークの活動がお金に代えられない大切な活動だと言っていただき、なぜか「感動しました。」などという感想をいただき、びっくりしている。そして素直に嬉しい。これから、幼老そしてどなたでも、という場を作っていくつもりでいる。

明日はおにぎりカフェ丸平でのミニ語りライブ。「波紋音」の音色を聞いていただくつもりでいる。幼児ばかりだったらどうしよう?それはそれで・・・・でも、ほどほどに大人がいて幼児が、というのが一番困るかな。どちらも満足というわけにはなかなかいかないだろう。ミニだから限界があるけれど、欲張っていろいろやってみよう。

お時間がありましたらぜひ聴きにいらしてください。不思議なお話に不思議な音。ほんの1時間ですがお楽しみいただけると思います。

2008年12月7日日曜日

片づけ

今週末から家の工事が始まる。そのために、一階の全てを片付けなくてはならない。気が遠くなりそうだったのだが、娘が来て手伝ってくれた。父も手伝ってくれた。それでこれなら何とか片付きそうというところまで来た。

今週は片付け方付けの日々。でも、母のところには出かけている。言葉が消えかかっているので、消えてしまわないように。父が来ているので一緒に行く。特別嬉しそうな顔もしてはくれないけれど、突然
「あなたもしっかりしなさい!」なんて父に向って。二人で感激して戻ってきた。

2008年12月5日金曜日

沢田研二

何年ぶりだろうか?
3日、東京ドームでの沢田研二のコンサートにでかけた。
それも、還暦記念の6時間80曲を歌うというものすごい企画。3万人の観客。
3時スタート、6時まで3時間びっしり歌いまくり、30分の休みを入れてまた9時半過ぎまで3時間、計6時間どっぷりジュリーの歌の世界。ゲストの一人もなく、バンドの4人とひたすらジュリー。ドームの広い舞台を走り回り大音響のロックの歌、叫び、そしてしっとりと歌い上げるバラード。まるで夢のような時間。

沢田研二自身が、「夢をありがとう」と私たち観客に感謝の言葉を述べてくれたが、このコンサートに参加した全ての人が同じ思いだったのではないかと思う。

40年以上現役で新しい曲をコンスタントに出しながら歌い続け、コンサートを続け、人気云々の波はあっても、スターであり続ける。改めてそのすごさに感嘆した。

13才で、ザ・タイガースに夢中になって以来、どれだけコンサートに出かけたろうか?どれだけこの人の歌を聞き続けたろうか?これまでの私の人生にいつもジュリーの歌があった。何時もこの人の声があった。理屈も理由もわからない。ただただ好き。どこにいてもこの人の歌声が聞こえれば、耳が、心が動いた。

少女のころ、ファンとして、大スターになってほしいと願った。でも、還暦まで歌い続け、コンサートでこんなにもどっぷり過去から今の曲につかることができる日が来るなんて考えもしなかった。中学生だったころから今に、まるで自分の人生をたどるように聞き、懐かしさに涙した。でも、それだけではなく、今、今年の新しい曲の世界をもたっぷり楽しんだ。まるで魂の叫びのような歌、一つ一つの曲にドラマがある。歌いたい歌いたい、思いがあふれていた。それが80曲。すごかった。

あれだけ叫び、走りまくったあとすぐに、バラードをやわらかな甘い声でしっとりと歌い上げるその声の力に感嘆した。誰にも決してまねできない声の使い方、歌い方。曲と声が完璧に一体化してジュリーそのもの。すごい歌手だと改めて惚れ直してしまった。後はしばらく抜け殻かな・・・と思う。私は、「大好き」にどっぷり浸かり、贅沢な贅沢な時を過ごし、明日への元気をいただいて、夢の世界から戻ってきた。幸せな、本当に幸せな6時間だった。ありがとう!!